「古い秩序は戻らない」が示す国際政治の転換点
国際政治の舞台で静かに、しかし確実に存在感を増しているのがカナダのカーニー首相です。
とりわけ注目を集めたのが、ダボス会議での演説における一言——
「古い秩序は戻らない」。
この言葉は、時が過ぎれば、トランプ大統領以前、そしてロシアのウクライナ侵攻以前の国際社会に「元通り戻れる」という淡い期待を、はっきりと否定するものでした。
激変する国際秩序の中、我々はいまどのような世界に生きているのか。カーニー首相の言葉から考えてみたいと思います。
なぜ今「カナダ・カーニー首相」が注目されているのか
カーニー首相の発言が響いた理由は明確です。
多くの国が「トランプ時代は例外だった」「ウクライナ戦争が終われば国際秩序は修復される」と期待する中で、彼は真逆の現実を突きつけたからです。
つまり、
- 米国はもはや世界の秩序維持者ではない
- 同盟や地理条件が自動的に安全を保証する時代は終わった
- 中堅国家は“受け身”でいれば飲み込まれる
という冷徹な現実認識です。
ダボス会議で語ったメッセージの核心
1月20日、世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)でのカーニー首相の演説は、多くの参加者の注目を集めた。
少し長いが、その一端を紹介します。
世界秩序の破裂、美しい物語の終焉(しゅうえん)、そして大国間の地政学が一切の制約を受けない残酷な現実の始まりについて話したい。
私たちは大国の競争が激化する時代に生きていることを日々思い知らされている。ルールに基づく秩序は衰えつつある。
数十年にわたって、カナダのような国々は、いわゆる「ルールに基づく国際秩序」の下で繁栄してきた。私たちはその体制に加わり、その原則を称賛し、それが予測可能であることから恩恵を受けた。その保護のもとで、価値観に基づく外交政策を追求することができた。
しかし、このような取引はいまや機能しなくなっている。率直に言う。私たちは移行期ではなく、破裂のまっただ中にいる。
カーニー首相は、もはやアメリカが世界秩序を守り、安全保障を与えてくれる時代は終わり、
それぞれの国が戦略をもって、この大嵐の中で生き延びねばならないと指摘しているのです。
そして、現状維持はもはや安全策ではないという認識が、この演説には貫かれています。
カーニー首相とはどんな人物か
カーニー首相は60歳。昨年首相に就任した比較的新しいリーダーです。
もともと彼は国際金融の世界でキャリアを築いたエリートであり、中央銀行やグローバル金融の現場を熟知しています。政治家としてのキャリアよりも、「危機管理のプロ」としての実績が評価され、政界に転身した人物なのです。

トランプ大統領に揺さぶられるカナダ
カナダとアメリカは、長年にわたり政治・経済の両面で密接な関係を築いてきました。
アメリカ・カナダ・メキシコ間で関税をなくして貿易を行うNAFTA(北米自由貿易協定)はその象徴です。
しかし、トランプ大統領の登場によって状況は一変します。
NAFTAは廃止され、
トランプ大統領はカナダを「アメリカの51番目の州」と揶揄し、同盟国であるはずのカナダを露骨に軽視しました。
この経験は、カナダにとって大きな教訓となりました。
「アメリカに近いから安全」という前提が、もはや通用しないことを、現実として突きつけられたのです。
中国との関係悪化と修復の試み
カーニー首相はこの状況に対処するためいち早く動きます。
中国との関係改善です。
カナダと中国の関係は、2018年に大きく悪化しました。
アメリカ・第1次トランプ政権の要請を受け、カナダ当局が中国通信機器大手ファーウェイのCFO、孟晩舟氏をカナダで拘束した事件がきっかけです。
以降、
- 中国による内政干渉疑惑
- 中国外交官の国外追放
- EV・鉄鋼・アルミへの追加関税と報復関税
と、対立は連鎖的に激化していきました。
しかし、カナダにとっては中国との関係よりも、アメリカとの関係の方が重要だったので
関係悪化は放置されてきました。
それでも中国を訪問した理由
カーニー首相は今年、カナダ首相として8年ぶりに中国を訪問し、習近平国家主席とも会談しました。
これは単なる関係修復ではありません。
「アメリカに傾斜した外交からの脱却」を示す強いシグナルだったのです。
トランプ大統領が中国を敵視する中で、あえて中国と対話のテーブルにつく。
これは、カナダが「アメリカに頼らない自国の生存戦略」を最優先に考え始めたことの表れとも言えそうです。
「中堅国家の使命」という現実主義
ダボス演説でのカーニー首相の言葉は、極めて示唆的だ。
古い秩序は戻らないが、それを嘆くべきではない
偽りをやめ、現実を直視し、国内で力を蓄え、共に行動する
強国には強国の力がある。しかし、中堅国家にも「結束する力」がある。
彼は、力の定義そのものを問い直している。
まとめ|どうする日本
一部では「理想論」「危険なバランス外交」との批判もある。
だが、行き過ぎているのはカーニー首相ではなく、旧来の幻想にしがみつく側なのかもしれない。
このカナダの選択は、日本にとっても他人事ではない。
日本もまた、アメリカと同盟を結ぶ「中堅国家」だからだ。
同盟を維持しつつ、どこまで自主性を持てるのか。
変化を恐れず、戦略を描けるのか。
カーニー首相の言葉は、日本の政治にも静かに問いを投げかけている。